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井上 滋樹(いのうえ しげき)さん
株式会社博報堂 博報堂ユニバーサルデザイン所長
IHCDジャパン所長、佐賀県ユニバーサルデザイン推進会議アドバイザー、国際ユニヴァーサルデザイン協議会理事、九州大学ユーザーサイエンス機構アドバイザー、芸術工学博士、筑波技術大学非常勤講師
【略歴】
1987年、博報堂入社。1997年よりユニバーサルデザイン、ユニバーサルサービスの考え方に基づいたブランディング、デザイン、コミュニケーション開発を担当。(株)博報堂エルダービジネス推進室 ユニバーサルデザイン開発リーダー、CC局情報デザイン1部長を経て、2006年4月よりインスティテュート フォー ヒューマン センタード デザイン(米IHCD)特別研究員、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員として米国政府や企業のコンサルテーション、研究活動に従事。2009年6月より現職。
著書に「ユニバーサルサービス~すべての人が響きあう社会へ」(岩波書店)、「ユニバーサルを創る~ソーシャル・インクルージョン」(岩波書店)、「イラストでわかるユニバーサルサービス接客術」(日本能率協会マネジメントセンター)ほか。
佐賀には、県のアドバイザーをしている関係で、2・3度来ていますが、嬉野は初めてです。
ここ嬉野が、今後ユニバーサルデザインを進めてゆくと聞きました。
私も、海外も含めて、いろんなユニバーサルデザインをテーマとしたまちづくりを見てきました。この嬉野のユニバーサル化を、どのように進めれば、住んでいる人にも優しく、色んなお客さんが集まるようにできるだろうかと思って、これまでやってきた中から、お役にたちそうなことを用意してきました。
「嬉野を世界で一番のユニバーサルデザイン温泉街にしよう」というくらいの気持ちで聞いていただき、いろんな問題提起を皆さんに感じてもらえればと思っています。
まず、ユニバーサルデザインは理屈ではなくて、どんなふうに感じるかということが大切だと思っておりますので、ユニバーサルデザインを、キーワードでまとめてみました。
ユニバーサルデザインの説明で、「より多くの人に配慮した環境、建築、商品の創造」と聞くと、非常に分かりにくい。まるでユートピア論のようだとか、そもそも、すべての人にいいものなどあるわけない、と以前から言われていました。
企業にしてみると、確かにやる意味はあるけれど、それは儲かるのか?観光客は増えるのか?そんな疑問を、皆さんもお持ちではないでしょうか。
ユニバーサルデザインとは「前よりも一歩進むことである」と考えてください。完璧というのはありえない。街のすべてをバリアフリーに、フラットにはできません。でも常に改善を繰り返して、前よりも良い街にしていく。
実はユニバーサルデザインで一番大切なのは、結果じゃなくてプロセス(過程)です。前よりも、より多くの人に少しでも利用しやすくなる、あるいは伝わるようになる。理屈ではなくて、こういった運動体が、ユニバーサルデザインなのです。
ユニバーサルデザインというと、高齢者や、障害者のためのものというふうに思われがちですが、そうではない。自分のため、みんなのため、一人ひとりのためなんです。
わたしは二十数年間、両親、祖母、妻、子供、ネコと住んでいました。東京では珍しい四世代世帯です。
こういう環境にいると、玄関、階段、段差、あるいは家電製品などが祖母にとっていかに不便か、あるいは両親にとってはどうか、ということに気付かされます。
家族旅行でも、行けない場所がたくさんあります。冷たい扱いを受けて旅が台無しになったり、美味しいものを家族一緒に食べることができないということもあったわけです。
それがきっかけでユニバーサルデザインの仕事をするようになりました。
ユニバーサルデザインの商品とはなにか。
例えば、炊飯器を利用する人達が、どういうポイントで商品を買うか。私の家庭でいえば、妻にとっては使いやすい、母にとっては失敗しないで炊ける、父にとっては火傷をしない、祖母にとっては表記が見やすい、子供にとっては分かりやすいとか安全とか、私にとっては酔っ払ってもちゃんと米が炊ける。
こういう様々な人にとって、安全で使いやすく、きちんと美味しく炊けるというような要件を満たすことが、ユニバーサルデザインの商品開発です。
私の家族は高齢社会の典型的な世代の構成を表しています。高齢化が進む中で、いろんな人に利用しやすい建物や環境・デザインを創造していくことは、マーケティングの一つであるわけです。
「こんなところでこの人はこういう不便を感じている、それをこういうふうにすれば、みんなにとって使いやすいんじゃないか」という発見は皆さんの身近にも、たくさんあると思います。
不満やニーズ、ストレスの数だけ発見があって、それが世界で売れる商品を作ることにもつながります。
通常、広告会社にいれば、その関連の人としか付き合いはないでしょうが、私はユニバーサルデザインのおかげで、色々な分野の方たちと意見交換をしたり、障害者や外国人などと実際にまち歩きをしたり、標識を作ったりしてきました。
いろんな人が知恵を出し合って、この高齢社会日本をどうやって活性化していくかを考えていくのは、非常に楽しい経験です。
色々な障害の方と一緒に食事したり、旅行をしたりすると、障害の有る無しにかかわらず、人として同じである、ただ、できにくいことがあるので、その時どんなサポートをしたり、どんなバリアをなくせば、同じように楽しめるかということも分かってきます。
ですから、体験することによってユニバーサルデザインがどんどん進んでゆくと思います。
病院のベッドを例にすると、鉄パイプがむき出しになっているようなベッドにずっと寝ていたら、病人じゃなくても病気になってしまう。素敵なベッドにみんな眠りたいですよね。車いすや杖も、最近は非常にハイセンスなものが出ています。
このように、ユニバーサルデザインをストイックにやるのではなく、若い人も、大人も、使いやすいだけじゃなくて買いたくなるような、魅力的な、グッドデザインでクリエイティブな製品が必要です。
耳が聞こえない方のように、チャイムが鳴っても分からない時は、フラッシュベル、光で来客を知らせるなど、コミュニケーションを異なる手段で伝えていくこともユニバーサルデザインです。
私どもは、仕事で博覧会やイベント、あるいは町おこし等もお手伝いします。
様々な人に向かって、「あなたも来られます」というこれまでの言い方ではなく、「来られるのは当然です 楽しんでください!」という形で、より多くの人を招き入れるユニバーサルデザインの仕組みは、マーケット、より多くのお客さんに来て楽しんでもらうための手段、というふうにも考えることができると思います。
「広告の文字を大きくする」というのは、私がこの10年くらい、やってきたことです。
広告会社の人間ですが、自ら反省して思うのは、世の中の広告やチラシ、あるいは看板・サインがどれだけ見にくいかということです。いろんな人の見え方に配慮して、きちんと情報を作るのがコミュニケーションに携わる者の役割なのに、色んなところで読みにくさ、分かりにくさが発生している。その改善をやってまいりました。
最後に、「ユニバーサルデザインは気付き」ということで、ご紹介します。
冬の寒い公園に、杖をついたおじいさんが、今にも転びそうに歩いている。その時、ベンチがあったらいいなと思うんですよね。こういう発想がユニバーサルデザインです。ベンチを置くと、おばあさんが来て会話が生まれたり、時がたって子供達が遊びに来たりします。
ちょっとした発想から、まちづくり、豊かな町を一緒に作っていこうという流れが、ユニバーサルデザインのもとにできると考えています。
もともとUDとは「改造あるいは特殊化された設計なしで、能力あるいは障害のレベルに関わらず、最大限可能な限りすべての人々が利用できる環境と製品のデザイン」という考え方です。
障害者に役立ちながら、健常者をはじめとするその他の人々にも使いやすいものですね。
障害者専用だと、すごくお金がかかるし使う人も少ない。だったら皆に使えるものを作ったらいいじゃないか、という考え方。
容器にギザギザをつけたシャンプーとリンスの区別のつけ方、テレフォンカード等の凹みとか、ウォシュレットも共用品のひとつです。
バリアフリーは、例えば階段があったところに後からスロープを付けるというように、もともとあったバリア(障壁)を取り除くという意味です。
これに対してUDは、最初からバリアのない状態で、皆が使えるように作ったものです。
佐賀県のホームページにも書いてありますが、「UDの7原則」というものがあります。「公平な使用」「使用における柔軟性」「少ない身体的労力で使えること」等色々ありますけれども、これはUDの参考書やテキストのどれにも書いてあることなので、今日は省略します。
ユニバーサルデザインが世界的に、あるいは日本ではどんな状況にあるかを、若干お話したいと思います。
環境と高齢化。今の日本はこの大きな2つの課題を抱えていますが、この2つを制するものは世界で生き残ると言われています。
環境問題に関する有効な技術を作れば、世界に売れます。
高齢化問題を解決するのがユニバーサルデザインの産業開発、地域開発です。観光客が来る仕組みや、高齢化の社会保障システムとかを海外に普及させれば、課題を解決できる日本を、世界にアピールできるわけです。日本の高齢化が進んでいるのはご存知と思いますが、実は世界全体でも2000年からの50年間で、60歳以上の人口が約2倍になるんですね。日本やヨーロッパだけではなくて、アジアもラテンアメリカもオセアニアも高齢化が進んでくる。その時にどんなまちづくりが必要なのか、これは日本がお手本を見せるいい機会です。
私が勤めている「博報堂ユニバーサルデザイン」のご紹介をします。
昨今、環境問題に対する取組はかなり進んでいますが、もう一度、「人に対して優しい」ということを掘り下げてみようというのが、ここの設立の理念です。
本当に伝えるべきものが、ある特定の人に伝わらない情報を、私達は作っているのではないか。そうであれば、負荷の高い人の視点で、デザインや文字や空間設計、あらゆるものを見渡して、広告・商品・標識・店舗・まちづくりの改善をしていこうと立ち上げたばかりです。
そのための研究や、調査開発をやっていくんですが、より多くの人にやさしいまちづくりをしていく方法として「ダイバーシティ・ヴィレッジ」、100人の村のパネルというものを作りました。
100人の中には、当然、目がまったく見えない人も、聞こえない人もいるんですが、ちょうど私のように、40代半ばで、老眼でだいぶ見えなくなったり、腰がちょっと痛かったり、記憶力や握力が若いころの半分だったりという人もいます。視覚でも、弱視や、色が判別できない色覚障害の方、それからパニックを起こしやすい人、赤ちゃんとか、子どもとか、女性。
すべての人がなんらかの形で障害を持つ、なんらかの形で負荷が高い、不便や不満、ストレスを日常生活で感じる。こういった100人の方と、例えばまちを歩きながら、問題点を見つけてそれを改善していくという仕組みを作りました。
この10年のユニバーサルデザインは、まず車いすを利用している方を中心とした、建築分野の取組から始まりました。今は、そういうハードの部分もやりながら、コミュニケーションや、人によるサポートといったソフトの部分も合わて、目的を達するために色々な解決方法を自由に組み合わせるという傾向に移行しています。
これから嬉野でユニバーサルデザインを展開されるのであれば、ぜひそのハードとソフトをあわせてやっていただきたいと思います。
それからもうひとつ、ユニバーサルデザインはより多くの人のデザインと言いながら、アメリカでもそうですが、障害者を対象にしていることが多いです。私も、ものづくりや、お店、商店街づくりをやってきましたが、だいたいモニターとして参画してくれる人は、視覚障害者は全盲、聴覚障害者は手話を使用するとか、車いす使用者です。
もちろんその人たちは重要ですが、それだけではなくて、少し見えにくい、聞こえにくい人とか、外国人とか、ユニバーサルデザイン本来の意味の、もっと多くの、幅広い方を対象に作っていく。こういうユニバーサルデザインの進化形を、これから世界に示していくといいかなと思います。
そういった次のステージをにらんだ、嬉野ならではの、ユニバーサルデザインの温泉街づくりをやられてみてはどうでしょうか。
障害者は国民のすでに5%、高齢化にともなって急増しています。障害者認定を持っていなくても日常生活に不便を感じる方は、もはや、マイノリティ(少数派)ではなくマジョリティ(多数派)といっていいでしょう。
2050年には65歳以上が35%になるということですが、これは、日本がまったく別の国になるくらいの急速な変化です。このときに、地域で、学校で、職場で、あるいは皆さんの家族が、どういうふうに変わって、どんな問題が起こるか、今からどういうふうに解決していけばいいのかについて、10年後、20年後をにらんで、本気で考えていかなければいけないということを示しているわけです。
いま自治体では、三世代が暮らしやすい社会づくりというのをやっています。社会保障制度はどうなのか、道路計画や環境事業、観光事業はどうなのか、行政はみんな考えています。
企業も、ユニバーサルデザインの商品、三世代に乗りやすい車、使いやすい住宅、食品を開発しています。ここをマーケットとして、社会は活性化し、企業は消費を拡大させる、という事態が進んでいます。
私はユニバーサルサービスをこのように定義しています。
「子どもからお年寄り、病を患っている人、障害のある人など、年齢・性別・障害の有無などにかかわらず、あらゆる人にとって公平な情報とサービス、人的なサポートを提供すること」。
ユニバーサルデザインをハードとすれば、いわばソフトの部分を併せてやっていこうということです。
今日は、旅館の方が参加していらっしゃるそうですが、視覚障害のあるお客さんが来たときの案内方法を知っている人はいますか?
簡単に言うと、お客さんが杖をついて待っていたら、「ご案内しましょうか」「どちらまでいきますか」こういうふうに声をかければいいんです。「どこどこまでお願いします」と言われたら、相手の方からつかまりやすいところにつかまってもらって、半歩先をゆっくり歩きます。白杖を持った手をひっぱるとか、無理やりつかむとかいうことはしません。段差があるときは、「三歩先で段差があります」というふうに、視覚情報を音声に変えて案内してください。
“クロックポジション“という言葉を聞いたことはありますか。視覚障害者の方とレストランに行って、ジュースが出てきたとします。でもどこにあるか正確に分かりません。もちろん手を持ってあげてもいいですが、もっとスマートなのは、目の前のテーブルを時計(クロック)の文字盤に見たてて、「2時の方向にオレンジジュースがあるよ」と言う方法です。彼は障害を感じないで、自然に楽しい会話ができます。
こういった知識は、なぜか日本では誰も教えてくれません。でも、高齢になってから眼を悪くされる方多いです。こういう方法をみんなが知っていれば、障害を感じることなく、自然にコミュニケーションができます。
色んな方がお客さんとして想定されるわけですが、ちょっとした知識があれば満足していただける、旅行を楽しんでいただけます。本や研修もあるので、ぜひコミュニケーションスキルをあげて、準備していただければと思います。
盲導犬が公共スペース、旅館やレストランに入ることは法律で義務付けられていて、断ってはいけません。それからアメリカの知人が英語しかできないという理由で、何軒かの旅館に宿泊を断られたことがありますが、本人からすると、なぜそんな人種差別を受けなきゃいけないのかというところです。そういう国籍とか、年齢や障害の有無で宿泊を拒むようなことは、あってはならない。既に法律で決められていることなんです。そういった方も含めてウェルカムというメッセージを出せるようなまちづくりを目指していただけたらと思います。
ユニバーサルサービスというのは、非常に町があったかくなります。もちろん障害者にもいいですけど、それだけではなく、いろんな人に親切するような気運が広がります。旅館のイメージ向上とか、新しい市場の開拓にもつながる、明日からできる活動です。
日本におけるユニバーサルデザイン、ユニバーサルサービスのまちづくりの事例を2つだけご紹介します。
ひとつは青森県新町商店街の事例です。精神障害者の自立を支援するNPOが、活動の場所を商店街に作りました。その精神障害の人たちが、商店街の人たちと話をするようになると、当初あった偏見も消えて、非常に仲良くなっていったわけです。
そこで、ある宅配会社の社長さんが、精神障害者の人たちにパートタイムで働いてもらおうと考えたのが、買い物客が300円払うと、手ぶらで帰れる宅配サービス。この精神障害の方たちが配達してあげるわけです。
この商店街、かなりお客さんが高齢化しているんですが、自分で持って帰るのはつらくても、このサービスがあれば買い物できます。
社長さんは労働力を得られて、障害者は就職ができて、高齢者は手ぶらで買い物を楽しめる。これは三方に良しで、非常にいい仕組みです。
もうひとつ、「観光客のニーズに個々のお店が応え、輪を広げる」ということで、岩手県盛岡市のわんこそば屋さんの事例を紹介したいと思います。
ここの駅前商店街には、当時、車いす利用者が入れるトイレが無かったんですが、観光客が高齢化して、車いすに乗られる方が非常に多くなりました。商店街では新たにつくるお金も場所も無い。
そこで、このそば屋さんが、うちに車いすが入れるトイレがあるから観光客の方は自由に使ってください、と看板を出したんですね。要するに、お金をかけてトイレを作らなくても、この商店街にはひとつトイレができたことになるんです。そうしたところ、他のお店も「うちのトイレも入ってください」という看板をつけだして、トイレ通りと呼ばれるほどの街になりました。
ここのまちづくりの上手なところは、その看板が、きれいなステンドグラスでできています。障害のある方の作品なんですが、これを見てまち歩きも楽しめる。
こんなちょっとしたアイデアで、観光客に不自由なく旅行してもらって、街の通りも美しくなったり、障害者も含めていろんな人が参画することで、パワーアップしていったりする。こういうことも、ユニバーサルデザインをテーマに広がっていくんじゃないかなと思います。
最後に、海外の事例をお話ししたいと思います。
2年半、アメリカのインスティテュート・フォー・ヒューマン・センタード・デザイン(Institute for Human Centered Design)という、ユニバーサルデザインを世界に普及させてきた組織で働いていました。
ここでの仕事は、都市開発やまちづくり、あるいは情報といった非常に幅の広い領域に関わるもので、同僚は、博士や、専門的なプロフェッショナルの研究員・コンサルタントなんですが、半分は障害者です。ただし、プロとしての仕事をするので、一緒に仕事をしていて障害があると感じたことはありませんでした。
ここのすばらしいところは、障害のある人がまちづくりに参加するんです。
電動車いすに乗ったクリス・ハートという職員は、交通コンサルタントです。彼のすばらしいところは、車いすの人のためだけの道路計画ではなく、聴覚障害者や外国人など、あらゆる人に関するコンサルができるわけです。
そういう人たちが、国の事業に参画し、職を得て、かつそれがより多くの人に住みやすい結果を生むというのは、なんてすばらしい仕組みでしょうか。
これこそ、これから実践するときに一番重要な、当事者と一緒に、当事者も自分以外の人の利益も考えながら、本当にみんなにいい、三世代、外国人にも観光客にもいいプランを練り上げていく、というプロセスだと思います。
ユニバーサルデザインの国際的な解釈は変わってきています。簡単に言いますと、コミュニケーションとか、あるいは政策などにも適用されるようになってきていて、ヒューマンセンタードと言いますが、今までよりもっと、人に注目したデザインやコミュニケーションを考えていこうという形に進化しています。
そのことについて、いくつかアメリカの進んだ事例を紹介したいと思います。
今日の講演は、手話通訳される方がいて、要約筆記・情報保障がされていますが、アメリカでは、耳が聞こえないので、情報保障・要約筆記をやってほしいという観客からの要望を主催者が拒んだら、その主催者は逮捕されます。障害者に対して、相手が求める効果的コミュニケーションに答えなければ法律違反なんです。
これは基本的人権として、あらゆる人が同じように情報を得るということの重要性が認識され、それが法制化されているからです。
アメリカに行ったときに、当時二人の子どもがほとんど英語をしゃべれなかったんですが、日本語を話す日系人の先生がいて、一定の授業を日本語でフォローしてくれる。この制度があるおかげで、子供達は異国の地で小学校になじむことができました。
これも、マイノリティに対して、情報面で苦労しないようにという制度が法律で決められているためで、普通の公立学校だったんですが、多様な38カ国の生徒を受け入れています。
オーヘランスクールという公立学校では、あらゆる種類の障害のある子とない子が、一緒に教育を受けていました。知的障害の子も、ダウン症の子もいました。かなり聞こえにくい聴覚障害の子や、視覚障害の子が一緒に学んでいました。
こういう統合教育が進んでいる理由は、お互いが学び合えるからです。子どもの頃から周りにいろんな障害のある子がいれば、付き合い方や、どんなことで困って、どこが違うのか、結局、人として一緒なんだ、こういうことが分かるわけです。それこそが、人種や障害を越えて、子供達に一番の教育方法だという考え方です。
ここまでやるのは大変でしょうが、なんらかの形で、こういうソーシャルインクルージョンを教育や、社会のシステムに取り入れていく必要があるのではないかと感じます。
ここの校長先生のビリーは全盲なんですよ。私に学校を案内して、あらゆる先生や生徒と話し合って、職務をこなしていました。別に目が見えなくたって、他で補える方法はいくらでもある。そういうことが可能なんだということを目の当たりにしました。
自治体の取組としては、マサチューセッツ州の公園、これは山あり谷あり湖あり絶壁ありの広大な敷地で、障害者にはバリアだらけなんですが、ユニバーサルアクセスプログラムというのがありました。スノーモービル、クロスカントリー、カヌーなど、さまざまなスポーツプログラムが用意され、ボランティアやサポーターがいて、みんなで一緒に楽しむ仕組みができていました。
物理的にできない部分を人でサポートするということを率先して州がやっています。
さて嬉野には、都会では失われたような、いいものがたくさん埋まっている気がします。そういう財産を、ユニバーサルデザインと重ね合わせて、風情をいかした、高齢者も子どもも楽しめる、障害のある人にも外国人にもあたたかいおもてなしがある、一生忘れない癒しや憩い、出会いや触れ合いがあるまちづくり、そういったことをされてはいかがでしょうか。
冒頭に申し上げましたように、私もいろんな町を見てきましたが、佐賀、嬉野でそういうまちづくりをやることは、大きな成果につながる充分なポテンシャルがあります。このようなユニバーサルデザインをこれから大きく広げていっていただければ、観光客増化や、街の活性化につながっていくのではないかと思っています。
長くなりましたが、私の話は以上で終わります。どうもありがとうございました。
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