◎聞き手 梶本久夫(かじもと ひさお)さん(ユニバーサルデザイン編集発行人)
●佐賀県知事 古川 康(ふるかわ やすし)さん
ふるかわ やすし 1958年佐賀県生まれ。1982年に東京大学法学部を卒業後、同年自治省に入省。長野県企画課長、岡山県財政課長、自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを歴任。2003年、マニフェストを掲げ佐賀県知事選に挑戦、同年4月、全国で一番若くして知事に就任。現在2期目。「がんばらんば
さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現をめざして県政に取り組む
実は私は「配慮」という言葉が好きでありません。なぜなら配慮する時代はとうに過ぎ、今や前提になっているからです。代表的なのが「環境への配慮」で、県庁では文章にこの表現を用いるのを禁止しています。UDも環境同様、もはや前提になってきているのではないでしょうか。
そのように思うようになったきっかけのひとつはハワイに行ったことです。
1998年、娘が「未来の住空間」の絵画コンテストで受賞し、家族でハワイ旅行に招待されたのです。当時は下の子が小さかったのでベビーカーに乗せていたのですが、移動がとてもスムーズでした。バスの乗り降りでは、必ず誰かが手伝ってくれました。快適に移動できたのは、手助けとともに、歩道に段差がないためだということに後日気づいたのです。
もうひとつのきっかけは、アクセスインターナショナルという車いすの輸入会社を経営する山崎泰広さんとの出会いです。長野県の企画課長時代、障がいのある方向けのスポーツ雑誌「アクティブ・ジャパン」が日本で創刊されたというニュースを聞きました。当時の編集長が山崎さんで、車いすの利用者でした。そういう時代になったのかとしみじみ思ったものです。知事就任後にUDに取り組みたいと思い、早速山崎さんにお会いする機会を設けました。
話のなかで印象深かったのが、スロープのエピソードです。山崎さんが都内のマンションを借りる際、スロープの設置を大家さんに頼んだのです。大家さんの条件は自費で付けることと退去時には自分で撤去すること、そして事故が起きたら自己責任で対処することの3つでした。4年後に引っ越すことになり、「お世話になりました。約束どおりスロープを撤去させていただきます」と言ったところ、大家さんから「言いにくい話だけど、お金を出すのでスロープを置いておいてくれないか」と言われたのです。スーツケースを転がす人や宅配業者がスロープを使っており、自分も一度使ってみて非常に便利だったと。山崎さんは、「UDは誰かにとって良いことではなく、誰にとっても良いことなのです。それを少しずつ拡げていくのが自分の仕事であり、知事の役割なのではないでしょうか」と語ってくれました。
これもハワイでの体験と山崎さんとの会談がきっかけです。長崎県の総務部長時代、当時の土木部長になぜ段差をなくせないのかを聞くと、「道路構造令で2センチメートルの段差を設けることになっているので、道路法が変わらない限り無理」との答えでした。理由は目の不自由な方が歩道と車道を識別するためだと。そのためだけに段差が必要なのかと聞くと、そういう理屈なのだと返されました。
このことを山崎さんに伝えたところ、「点字ブロックを歩道の端から端まで敷けば解決します。中途半端なやり方だから識別ができないのです」と言うのです。なるほどその通りと思い、県道の段差をすべて解消(スロープ化)し、その代わりに点字ブロックを徹底することに決めました。
もともと地方の道路には歩道がありませんでした。1970年に歩道整備が始まってから32年もかかってようやく半分まできたのです。段差解消もそれくらいの時間はかかると思いますが、30年後に今よりも断然良くなっていることは間違いありません。時間はかかると思いますが、あたりまえの社会インフラとして整備していきます。
これも山崎さんの提案です。考えてみると、日本の制度は人よりも車が対象なのです。障がいのある人の車は自動車税が減税されますが、別の車に乗ると適用されません。専用駐車場を利用するには車いすマークが必要ですが、そんなものはホームセンターに行けば誰でも買えるし、車いすを利用しない人が駐車してしまうこともある。逆に、人を対象にしているのがアメリカです。障がいのある人や一時的に怪我を負った人、妊婦さんなどが役所に申請するとパーキングパーミットのマークを交付してもらえます。車内ミラーにぶら下げるタイプで、市販されていないので必要な人以外が専用駐車場を利用することはできません。佐賀県では2006年にパーキングパーミットを導入以来、多くの県民に支持を受けています。現在は、長崎、熊本、山形、福井と県外にも拡がっています。人を中心にした制度がいかに有効かということです。
佐賀県を通る新幹線には、博多~長崎間を結ぶ西九州ルートと博多~鹿児島を結ぶ鹿児島ルートがあり、後者が2011年春に全線開通します。これに合わせ、県内に新鳥栖駅が開業するので、駅舎と周辺のまちづくりをUDのショーケースとして一体整備する予定です。
UDのまちづくりは、ケルンの大聖堂やガウディの建築のように、長い時間をかけて粛々とやりつづけるべきものです。次の知事に引き継いでもらうためにも政治色は禁物です。誰もが必要とする、ごく当たり前の営みでなければなりません。
ありがとうございます。環境整備を進めるなかで思うのは、基本はやはり人だということです。ちょっとした想い、ちょっとした一歩をするだけで、この社会は大きく改善するのです。
人材育成で興味深いエピソードをご紹介します。佐賀県は公共施設のUD化方針にもとづき、車いすを利用する児童や生徒が在校する学校ではエレベータの設置を義務付けています。ある中学校にも車いす利用の生徒がいたのですが、その学校は少し荒れていて、元気な生徒たちが勝手に使ってしまったのです。教員はエレベータの通常利用を止めざるを得ませんでした。すると、当事者が上下移動するときに、みんなで手伝うようになったのです。本人は、「エレベータは使えないけれど、自分は困っていません」と屈託がない。一方の生徒たちの表情は、ちょっとした手助けで友人の役に立つことができて輝いているのです。最新鋭のエレベータを入れるだけでは得られなかった貴重な体験です。
教育面での目標は、UDを当たり前のように考えて実行する人づくりです。例えば、ゆっくりしか歩けないおばあさんのために孫娘が歩調を合わせるのは当たり前ですよね。声高にを唱えなくてもできることはたくさんあるのです。実際、日本には昔からUDと呼べる文化がたくさんありました。ところが、近代化や効率化のなかで多くを失ってしまった。幸いなことに、佐賀県には、人間のやさしさや強さが根強く残っています。それをきちんと守って育てることが、地域に住む人にとってのUDになるのではないでしょうか。
最近では、持ちやすいラーメン鉢やビアグラスを若い人たちがつくっています。既存のかたちに囚われることなく、どういったものがあったらいいなというところからスタートしています。背景には過去の反省がある。有田焼が顕著な例なのですが、ここ半世紀くらい日本の経済成長とともに地域の人口が増え、つくれば売れる時代がつづいたのです。最近になって消費が落ち込み、このままではいけないと気づいたのです。新しい提案がいろいろと出てきていることは非常にうれしいと思いますし、その基本になっているのがUDです。
これからは高齢や障がいという色分けそのものがなくなっていくはずです。私も眼鏡がないと生活ができないという意味ではハンディキャップを持っています。身体障害者手帳を持っているか否かにかかわらず、どんな人にとってもくらしやすい地域づくりを成し遂げる覚悟です。
PDF形式のファイルはこちらからご覧いただけます。
知事インタビュー「まちづくりは人づくり UDがなくなる社会をめざす」(pdf形式:238kb)
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